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今のところは・・・

これまで猫に関する本を新刊・古本を問わずたくさん読んできたし、暇に任せてネットでも
ありとあらゆる情報を読んだが、その中で一番しっかり読んだのは猫の闘病に関する話だった。


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                          【 僕は元気ですけど 】


寒い土曜日の夕刻、ペットショップからレオを連れて帰る道すがら、この仔とはいつまで一緒に
暮らせるのだろう、という想いが頭から離れなかったことを思い出す。

これから新しい生活が始まるというのに何も今から最後の時を考えなくても、と自嘲してみても、
これからの生活が楽しければ楽しいほど、それが永遠に続く訳ではないのだ、ということを
思わずにはいられなかった。

だから、集められるだけの闘病記録や別れの記録を集めて、一生懸命読んだ。
そして、それらを読んでいくうちに、別れの様子を知ることで、これから続くレオとの生活を
幸せなしてものにしていけるヒントが見つかるような気がした。
別れを学ぶことは、生を学ぶことでもあるのだ、と思った。


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                          【 だから、元気ですってば 】


うちはまだ両親が元気だが、2人からは万が一の時は延命措置はしないでくれ、と言われている。
そうなった時、果たして、自分にそれが実行できるだろうか。

数ある愛読書の1つに、立花隆の「臨死体験」がある。
死後の世界を垣間見て、幸いにも生還した人たちの証言を気の遠くなるような丁寧さでもって
集めた本で、この本の内容の凄さはここでは触れないが、数年に1度は必ず読み返す。


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この本を読んで思うのは、死後の世界というのは本当にあるんじゃないだろうか、ということだ。
それがどのような世界にしろ(何せ、証言の内容は細かいところでどれもがまちまちだ)、
見た人が大勢いるのだから、どうもそれはあるような気がする。

人は年をとり死期が近づいてくると、死への恐怖がなくなっていくという。
それは、死が終わりではないことがわかるからだという。
本当だろうか。


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                            【 元気なんだけどなぁ・・・ 】


レオと暮らし始めたころは、この仔がいなくなることが本当に怖かった。
でも、今はそういう恐怖感はなくなってきた。
これまでに何度も書いてきたように、レオはもうペットでもなければ、猫でもなくなっている。
それは自分の分身、ドッペルゲンガーのような存在かもしれない。
だから、この仔がいなくなっても、俺が生きている限りはこの仔はいつもそばにいるような
気がするのだ。 俺は、この仔が死んでも、もしかしたら泣かないかもしれない。

実は、この家には元々猫なんかいなくて、1人暮らしの病んだおっさんがある時から
家の中にドッペルゲンガーを見るようになった。 そして、その姿は自分の好きな動物の
姿かたちに無意識に置き換えるようになってしまった。

まさかね。


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                          【 僕はおっさんの化身? 】


今はそう思っていても、死生観というのは時間と共に変わっていくものだし、
実際にその時にならなければどう感じるかはわからないのだろう。
でも、別れの時にああすればよかった、こうしておけばよかった、と後悔したりしないよう、
レオとの毎日を大事にしていこう、といつも心の中で思っている。


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                            【 辛気臭くて、なんかごめんね 】



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hiromin

リアノンさん

こんにちは。いつもupを楽しみにしています。

様々な意見や考えはあるけれど、人生の色々な悲しい出来事に対して、かっこ悪いくらい泣いたり、否定したり、受け止められなかったりしてもいいんじゃないかと思っています。現代では、このようなことがなかなかできないんですよね。悲しみを表わす場所がないんでしょうね。でも、なぜ表わさないといけない?とも思います。

病いやつらいことに苦しんでいる人のことを救ったり助けたりできなかった自分を攻めることもあるけれど、次からは努力しようとする・・・それしかないようにも思えます。
人生、考えると後悔ばかり・・・。
でも、ちっぽけな存在でも、誰か、何かの役に立ちたいですね。

リアノンさんは、このようなことは十分わかっていらっしゃると思います。
偉そうなことを言ってすみません。
  • URL
  • 2013/07/01 00:33

Azu

すごく、お気持ち分かります!

私も去年亡くなった実家のオス猫ですが、その子は猫嫌いの人間大好きな猫で、他の猫達に馴染めず、人にくっついてばかりで・・・、いつの間にか私の中で、猫というより、弟という存在になっていました。

不思議なことに、お互いの気持ちや言葉が分かるんですよね…。
たまに猫っぽい仕草をすると、本気で驚いてしまい、「あぁ、そっか…君は猫だったんだね(笑)」と思ってしまう程でした。

でも、私の失敗は、何故か「この子はずっと居てくれる」と思ってしまった事です。
病気になった時も、根拠もなく「大丈夫、この子が死ぬわけない」と。

なので、弱っていく様を見てもどこか信じられず・・・。
亡くなった時は、誰の死よりも悲しかったです。

実は、1年以上経った今でも、まだ引きずっています。

私には覚悟が足らなかったのです。
「もっと一緒に居たかった」「もっとこうしてあげれば良かった」
後悔ばかりです・・・。

リアノンさんには、そんな気持ちを味わってほしくないです。
愛猫の最期をちゃんと看取り、しっかり見送るのが飼い主の務めですもんね。
リアノンさんは、その覚悟がちゃんと出来ていらっしゃるので、何だか安心しました(笑)

私も死後の世界は信じます。
リアノンさんが天寿を全うした時、必ずレオ君に逢えると思います。

・・・なんて話をしてたら、【だから、ボクは生きてるってば~!】って、レオ君に怒られちゃいますね(笑)
  • URL
  • 2013/07/01 01:26

リアノン

hirominさん、こんにちは。

世の中、悲しいことや不幸なことばかりではありません。
タイミングの問題で悪いことが続くこともありますが、光と影の総量は同じ。

だから、がっくりくる必要はないのだろうと思います。

レオを取り巻く心配事はたくさんありますが、その心配事はレオがいてくれるからこそ。
心配事が嫌だから、と言って、猫と暮らすのを諦めるなんてこと、しないですよね。

  • URL
  • 2013/07/01 17:09

リアノン

Azuさん、こんにちは。

レオはまだまだ若いので、まだまだ現実感のない妄想ですが、のんびりとした毎日でも
いつもこういう思いが心の中のどこかにあります。

件の本の中でも、死後の世界で愛犬や愛猫と逢う話が出てきます。
あながち、愛猫が亡くなって悲観にくれている人への単なる慰め、ということばかりでも
なさそうですね。

ききわけのいい仔なので、きっと私がやって来るのをお行儀よく待っていてくれることでしょう。

  • URL
  • 2013/07/01 17:27

カバ丸1号

リアノンさんこんばんは。
産まれた時から死に向かっているのは、みんな一緒ですよね。
我が家の老猫さん・・
3年前に腎不全とわかり・・かなり数値も悪く・・
その時、この先はおまけの猫生・・
いつ逝っても、悔いの無いように・・
そして、笑って天晴れって言ってあげようと心に決めておりました。
覚悟も出来ているつもりでした・・
が、先日の痙攣の時・・
どれだけ取り乱したか・・
ちいちゃん、逝かんでーーと。

まだまだ修行が足りないおばちゃんです(笑)
  • URL
  • 2013/07/01 23:15

lenny-tohno

リアノンさんへ。
日曜日の夜に、こちらの記事を読んで、色々と考えてしまいました。
一緒に暮らす、家族としての猫達。
最初は親子ほどの年の差で、人間の方が年長だったはずが、いつの間にか同年齢になり、いずれは、猫達が追い越して、先に旅立ってしまう……と。

そう思うと、切ないです。
“死後の世界”人間の文化(あるいは宗教)にによっては、色々な考え方が有りますが、つい2年前までまでの私なら、そんなものは無い。
そう断言していたと思います。
今は、死後の世界が有るのかも、と考えています。

誰が言い出したのか、“虹の橋”が有りますね。
先だった家族の猫達と、再び会えるのなら、会いたい、抱きしめたい。
そんな風に考える人間は、悔いを残した人間だからでしょうか。

●『――自分の分身、ドッペルゲンガーのような存在かもしれない。』
こちらのブログで拝見する、聡明なレオの表情は、リアノンさんの鏡写しと考えれば良いでしょうか?。

かえ

こんばんは。
ずっと一緒に暮らしていられないのでその時が来
「ありがとう、またね」と見送ってあげられたらいいですね。
いつも写真のモデルになってもらっている猫さんがいるのですが
その子ともいつかはお別れの日が来ると思うと色々と考えてしまいます。

ひろ

リアノンさん、こんばんは。

私はいつも、うちのネコが天寿を全うし、私がそれを見届けられますように、と祈っています。
そして、死後の世界、あるいは来世で、また出会うことに勝手に決めています。
  • URL
  • 2013/07/04 20:59

ちま

私は『この仔がいるから頑張れる』的な、依存が強くて… きっと亡くしてしまったら、自分がダメになってしまいそうです。
なので、しっぽが三股になって化けネコとなっても傍にいて欲しいと願ってしまうかも…
育猫書や闘病記録もたくさん読みました
無知でこの仔に辛い思いをさせないように
幸せな猫生を送って貰えるように、精一杯のお世話が出来るように。
いつかくる『さよなら』に後悔しないようにしたいですね。

一度だけ
家の仔、『おかあさん』って言ったんですよ♪
本当にそう聞こえて、びっくりしちゃった。

  • URL
  • 2013/07/04 22:26

kakobox

リアノンさんは勇気がありますね。
別れを学ぶことは、生を学ぶこと…ですが、こと、愛猫に関しては、何故にこうまで失うことを恐れるのかと、不思議になります。
理屈も通じない親バカであります。
考えることが怖くて、押しやっているだけのことなのだと思います。

立花隆氏のこの本、すぐにでも読んでみたくなりました。
人間の死後の世界に関して、恐怖もあり、あって欲しくない派でしたが、親を相次いで失ってからは、あるのじゃないか派に変わりました。

愛猫がドッペルゲンガー。
現象としてはまさかでも、存在としてはドッペルゲンガーかもしれません。
もう一人の自分が、自分の補足としてめぐり合わせたのだと、思うことたびたびです。

レオ君の写真と言葉がドンぴしゃりですね。
【 元気なんだけどなぁ・・・ 】 のレオ君と、【 辛気臭くて、なんかごめんね 】 のレオ君は、同時期とは思えない違った表情ですね。。
時に賢人の表情で時にあどけない子猫の表情。
レオ君は、いつも二種類の表情をはっきりと見せてくれますね。
レオ君自身の持つ二つの成長過程なのでしょうか。

リアノン

カバ丸1号さん、こんばんは。

それは、当然の反応ですよね。
普段どんなことを思っていても、その瞬間になると、頭ではなく心に感じることが
口について出る、当然です。

21年間も一緒に生きていれば、いなくなることなんか想像できないんだろうなあ、
といつも思います。

うちみたいにたった5年にも満たない生活でもそうなんですからね。
  • URL
  • 2013/07/06 22:47

リアノン

lenny-tohnoさん、こんばんは。

虹の橋、あれは人間のやさしい気持ちが創り出した話ですが、本当にこうならいいな、
と思います。

「臨死体験」にも、愛犬や愛猫と出逢う話がでてきます。
その様子は虹の橋ほどやさしい感じではありませんが、それでも、人は冥界で愛猫と出逢うことが
あるようです。

私は自分が死んだら、やはりレオと会って、また一緒に暮らしたい。
その時は、もう、どちらかが先にいなくなる、ということはないといいのにな、と思います。

レオの表情は、私の顔とは似ても似つかないんじゃないか、と思いますよ。


  • URL
  • 2013/07/06 23:07

リアノン

かえさん、こんばんは。

後から行くから、絶対待ってるんだぞ、と言いたいですね、私は。

お前は一人ぼっちになるんじゃないんだぞ、ということを言いたいです。
  • URL
  • 2013/07/06 23:11

リアノン

ひろさん、こんばんは。

本当にそうですね。 私もそう思います。

最後の時がどんなことになるのか全然わかりませんが、ちゃんと私がそばについていて
やりたいです。 

神様、お願いしますよ、ほんとに。

  • URL
  • 2013/07/06 23:14

リアノン

ちまさん、こんばんは。

レオもこれまでに2~3回、私に向かって、ついうっかり、「パパ」と言ってしまった
ことがあります。

ずいぶんはっきりそう言ったので、こいつ、絶対人間の言葉が喋れるな、と確信しました。

もうバレバレなんだから、さっさと喋ればいいのに、と思うんですが・・・

  • URL
  • 2013/07/06 23:23

リアノン

kakoboxさん、こんにちは。

勇気、というより、諦観に近いのかもしれません。
どうにもならないことがある、という感じです。

いろんな顔を見せるのは、やはりそれだけ内面が豊かだからなんでしょう。
猫の知能は人の2~3歳相当、とよく言いますが、あれは間違ってます。

本当のドッペルゲンガーは喋ることや意志を見せることはないので、例えとしては
おかしいのでしょうが、それでもそんな気持ちにさせてくれるのが不思議です。

  • URL
  • 2013/07/07 09:11

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2013/07/08 03:57

リアノン

valekさん、こんにちは。

亡くなったサイくんの妹さんのこと、あまりブログには詳しく書かれていませんでしたね。
それだけ、辛かったのだろうと拝察致します。

多頭飼いをしてもどの子も同じように愛せる、とはよく言われることですが、
私はこれにはちょっと疑問を持っています。 
本当のところは、そんなことはないんじゃないかな、と思います。
きっと、好きは好きでも、少しずつ差はあるはずだと思うんです。

だから、サイくんを特別大事に思うというのは、私は間違ったことじゃないと思いますよ。
むしろ、そういう温度差があるということを自分で認めることができるというのは
いいことなんじゃないか、と思います。

誰からも愛されることなく消えていく無数の猫たちとは違い、妹さんはちゃんと愛されたのだし、
それは幸せな生涯だったはずです。

そう思ってあげましょう。

  • URL
  • 2013/07/10 16:50

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プロフィール

リアノン

Author:リアノン
独身男の一人暮らし。

猫と暮らしたくて、一人で寂しい思いをしている子を、と思い里親募集に申し込んだら、一方的に断られた。

一人暮らしの男に猫と暮らす資格はあるのか? 

これが、このブログのテーマです。

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