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感動を語り合った夜

火曜日の夜、ポール・マッカートニーの東京ドーム公演に行った。

この公演の感動はいろんなブログやSNSで語られているし、俺も当夜のうちにFacebook上で
友達たちとたくさん語りあったので、今更あれこれ書こうという気にはもうならないが、
とてもいいコンサートだった。 


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人がコンサートを観に行く理由はいろいろあるだろうが、コンサートが終わってネット上で
一緒にコンサートに行った友達たち、行かなかった友達たちといろいろ会話するうちに、
俺はこうやって感動を分かち合って楽しく語りたかったんだな、と思った。 

俺はかなり本格的に音楽を聴くせいで好みがかなりマニアックで、実際にコンサートに行く場合も
一緒に行ってくれる人はいなくて、結局いつも一人で観に行くことになる。 自分が興味ない音楽を
2時間きくことがどれほど退屈なことかはよくわかるので(それはある意味、拷問に近い)、
無理に連れていく気にもなれない。 だから、こんな風に観に行ったコンサートのことについて
大勢でワイワイと語り合うという経験をしたことがなかった。

そんなマニアな俺のことも、さほど深く音楽を聴く訳でもない人たちのことも夢中にさせてしまう
ビートルズというアーティストは、本当に稀有な存在だったんだなあ、と思った。

一緒に行った女の子(いや、正確にはおばさん)が相当感動したらしく、ちょっと飲みながら
語らない?と言ったが、ドームの外に出たのはもう22時半だったし、埼玉に帰る男の子
(いや、正確にはおっさん)がすぐに終電の時間が来るからなあ、と言うので、じゃあまた今度
忘年会の時にでもゆっくり語ろう、ということで水道橋駅で別れた。


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【 僕が待ってるしね 】


うちに帰ったら23時を大幅に過ぎていて、レオが例によってプリプリ怒って出迎えてくれた。 
なんかワンパターンだなあと思いながらも、ごめんごめん、遅くなって、とたくさん言い訳して、
遅い夕食を作って食べてもらった。 

その後、Facebookで色々やり取りしていたら、一段落したのが結局2時過ぎになってしまった。 
その間、レオはずっと書斎机の上に丸くなってウトウトしていた。 
遊んでもらえなくて、ふてくされてしまった。


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【 遊んでくれなかった 】


でも、例えふてくされても、ちゃんとそばにいようとするのが猫だ。

猫に冷たくしてしまった、と人が勝手に思って後ろめたい気持ちになったとしても、
猫はいつか自分のほうを見てくれると信じて待っている。

そんなレオの気持ちに甘えてしまった夜だった。




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宿命的な身長差と言いつけを守る猫

猫が食卓に上っても、怒らないであげて欲しい。

猫は高い所を好む、というから、うちでも天上に近い高さまで登れる場所を作ってあるが、
レオはたまにしかそこへは行かない。 彼が好きなのは、ちょうど俺の腹くらいの高さだ。 
書斎の机の上だったり、台所の調理台の上だったり、スピーカーの上だったり。 
そのくらいの高さから俺の顔を見るのがちょうどいいらしい。

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【 そのくらいが丁度いい 】



よく床に寝転がって、家の中を見渡してみる。 そうすれば、レオの眼に世界が
どう映っているかが わかるような気がするから。 腹ばいになって俺の顔があるあたりを
見ようとすると、 かなり首を上に曲げて見上げなければならない。 
長くその姿勢でいると、すぐに首が痛くなる。 

だから、うちは食卓の上に乗っても、シンクに上っても、叱らない。 



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【 じゃあ増長しちゃうぞ~ 】


レオの顔の高さは床から30cmくらいで、そこから俺の顔は6倍近い距離がある。 
俺がマンションの3階あたりを路上から見上げる感じだ。 

それに、猫は視力があまりよくない、と言われている。 動体視力は優れているが、静止物への
ピント合わせが苦手らしい。 実際のところはわからないわけだけど、レオが俺の顔を見る時の
いつもの様子、顔を前へ突き出して目を大きく開いて、焦点が合う箇所を探すかのように
顔を上下左右に動かすのは、俺の顔をよく見ようとしてのことなんだと思う。 

レオにとっては、俺の腹の高さくらいの位置がちょうどいいのだろう。 
だから、うちは叱らない。  


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【 スズメの団体さんに夢中 】


そういう手頃な高さの一つに、洗濯機の上がある。 
脱衣所で服を脱いで風呂に入ろうとしたり、髪をドライヤーで乾かしている時に、
レオはよくそこの上に飛び乗ってこちらをじっと見ていることが多い。 

金曜の夜もそうやって俺が服を脱いでいるのを見ていたので、いい仔でここで待ってるんだよ、
と言ってたくさん撫でてから風呂に入った。 

そして風呂から出て、髪を乾かしながら観ていたTVについ見入ってしまって30分ほどしてから
洗面所に行くと、レオがまだ洗濯機の上にいて、 ウトウトとしていた。 


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【 だって、待ってろって言うから 】



なんだ、まだここで待ってたのか、眠っちゃったんだね、そう言って頭を撫でると、
レオは目を細めてゴロゴロと言った。 





裏切りの代償

日曜日は外に出かけず、1日家にいるようにしている。
外に出かけなければいけない用事は土曜日までにすべて済ませて、日曜日は家にいる。
例外的に外に出るとしても、それはゴミ捨てだ。
朝から音楽を聴き、映画を観たり、本を読んだりする。

レオはそのことをよくわかっていて、日曜日は自分と一緒に過ごす日だと思い込んでいる。
レオを見ていると、猫というのは1週間がわかっているように思える。
きっと、サラリーマンと暮らしているからだろう。 猫だって規則正しくなる。

でも、今日は予定外の外出が必要で、10時から2時間ほど出かけることになった。
いつものようにゴミ出しの用意をしていると、ああ、ゴミ出しね、面倒くさいよね、それ、
という顔でレオがこちらを見ている。


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【 行ってもいいけど、すぐ帰ってくること。 】


鍵の束を取るときのジャリッ、という音を聞くと一瞬不安そうな顔をするけど、ゴミ袋を持って
ガサガサさせると、ああ、ゴミ出しね、そこに置いとくと部屋が臭くなるから早く出してきてね、
という感じの安心した顔をする。 

服を着替えずに出かけようとするから、すぐ戻ってくるのだ、 とすっかり思い込んでいる。

でも、俺はゴミ出しをして、そのあと用事を済ませ、戻ったのは2時間後だった。
ドアを開けると、ウルミャッ、と叫んで玄関に走ってくる。 ごめんねー、戻ったよ、と言うと、
盛大に文句を言い始める。 おそい、おそい、おそーい。 

ごめん、ごめん、もう用事はすんだからね、と言いながらたくさん撫でてやると、
真っ黒な大きな黒目で、ニャニャーン!と本日一番の大きな声で叫ぶ。


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【 だましたなあ!? 】


その後はご機嫌を直してもらうために、昼飯そっちのけでプロレスや鬼ごっこをしてあげたことは、
言うまでもない。 おかげで、今日は音楽が聴けなかった。





いつの日か

blog「灰まみれ」のアッシュくんが亡くなった。 1歳と半年の、あまりに短すぎる生涯だった。
FIP(猫伝染性腹膜炎)という、治療不可の病だった。

腹膜炎というのは、内臓器の表皮や腹壁の内側を覆う薄い膜が炎症を起こして、やがては
多臓器不全を引き起こす怖ろしい病気だ。 猫の腹膜炎の症状と人間の腹膜炎の症状を比較して
みるとよく似ていることがわかるが、1つだけ猫の症状には書かれていないことに気が付く。 
それは、激しい腹痛だ。 

人間が腹膜炎になると最初は虫垂炎と間違えるという。 全身から脂汗が吹き出してくるほどの
激痛がおそうからだ。 内臓の細胞膜が破れて体液が流れ出して腹水として溜まるというのだから、
その痛みは想像を絶する。 激しい痛みというのは要するに大きいアラームが鳴っているという
ことで、早く処置をしないと命にかかわるということだ。

猫の場合はそこまでの痛みはないようだが、それでも実際は痛みはあるのだろうと思う。 
ただ、人間と猫では感じる痛みの種類が違うのだろう。 動物の世界には医術がないから、
必要以上に大きなアラームを出す意味がないからなのかもしれない。

人間のような激痛に襲われないのはせめてもの慰めだと思う一方、大きなアラームがもともと
鳴らないようにできているということが俺を悲しくさせる。 
引き返す道がもともと閉ざされているということが悲しい。


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動物の病気には、治療法がないとされるものが今も多い。 
症例が少ない難病ならまだしも、多くの猫がかかる一般的なものですら治療法が確立されて
いないものがある。 必要な予算が十分に手当てされず、研究が進まないのだろうか。 
優秀な研究者がみんな人間の医療へ従事して、人財が不足しているのだろうか。 
動物医療や研究は金にならないからだろうか。 

例え病気にならなくても、大抵の場合、人は猫の死を看取ることになる。 
猫は1人の飼い主の姿だけを見ながら亡くなっていくのに、人は何度でも猫を迎えることができる、
両者にそういう寿命差があるということが悲しい。 

でも、だからこそ、一緒にいられる限られた時間をお互いに大事にする必要があるのだ。
あとで後悔してみたところで、もうどうにもならない。

アッシュくんの飼い主である彼は、俺と同じ一人暮らしの独身男性だ。
猫と暮らす独身男性はたくさんいるにも関わらずブログをやっている人はあまりいないが、
彼はその数少ない同士の一人だ。 だから、今回のことは本当に残念でならない。 

アッシュくんが亡くなった翌朝一番に彼から連絡をもらい、普段はやらないメールのチェックを
なぜかやっていた俺はそのメッセージに気が付き、彼のブログに返信を書いた。 
早いタイミングでお悔やみを伝えられてよかったと思う。


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人は喪の仕事をすることで、愛するものを失った悲しみからゆっくりと回復することができる。
ブログにはその様子が綴られていて、これは正しいことだと少し安心する。

願わくば、彼自身が容赦なく襲ってくる罪悪感と和解し、深い悲しみと折り合いをつけ、
いつの日かまた、暖かい家に迎えられるのを待っている仔と暮らせる日がやってくることを。

今はまだそう思えなくとも、彼の幸せだけが、アッシュくんの望んでいるただ一つのこと
であることに気付く日がやってくることを。




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プロフィール

リアノン

Author:リアノン
独身男の一人暮らし。

猫と暮らしたくて、一人で寂しい思いをしている子を、と思い里親募集に申し込んだら、一方的に断られた。

一人暮らしの男に猫と暮らす資格はあるのか? 

これが、このブログのテーマです。

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